文明と奴隷(寄稿)

近世と黒人奴隷

恐らく多くの人々が真っ先に「奴隷」という言葉で思い浮かべる、過酷で劣悪な環境はこの15世紀~19世紀にかけての黒人奴隷の扱いによるものと思われます。
彼らはアフリカ大陸から主に南北アメリカ大陸へ、先述のラティフンディアのような大規模農業、プランテーションに従事させるため輸出されました。

サハラ以南の黒人を拉致・奴隷として商品化する行為を、はじめて組織的に行ったのはポルトガルだとされます。
ポルトガルはギニア地方で黒人を捕らえ、金や象牙、胡椒といった物品と並んでヨーロッパ各地に供給します。
元々ポルトガルは金を狙ってアフリカ西岸に進出しましたが、奴隷による莫大な利益に気が付きます。
それからスペインとの競合を見越し、ローマ教皇から「新たな非キリスト教世界を征服・交易を独占する権利」を得ることに成功します。これは教皇が黒人奴隷を承認したと言う意味でもありました。
15世紀から16世紀中頃にかけては、この分野はポルトガルの独壇場です。しかしその輸出先はリスボンを経由したヨーロッパ各地で、あるいはアフリカで砂糖農園に従事させられるかでした。
奴隷が南北アメリカ、いわゆる新大陸へ送られるのはもう少し先の事になります。

一方16世紀始め、アメリカ大陸で奴隷として働いていたのは主にインディオでした。
彼らは狩猟民であるため農耕への使役に向かず、そのためイギリス人入植地では「白人奴隷」を徴用する制度とも言える「白人年季奉公人制度」もありました。
黒人奴隷導入は17世紀中頃、イギリス領でのそれまでの労働力の主力はこの白人奴隷です。
彼らはイギリス本国の貧困層であり、多くは移民として新大陸に渡りました。ただし、一部は流刑とされた者、買い主に騙され拉致された者もありました。
一定期間は労働に服すことが制度的に強制され、しかし年季が明ければ自由になれた点は黒人奴隷と異なります。
こうした制度を背景に、黒人奴隷はアメリカ植民地ですんなりと受けいれられるに至ったのです。そして、この制度は19世紀初頭まで続きます。

さてそうした経緯で広まった黒人奴隷ですが、その実情はとても過酷です。

 奴隷制度は基本的に恐怖政治である。奴隷は、些細な犯罪のためにも鞭打たれ、鉄鎖につながれた。1度には、つまり一つの犯罪に対しては、39回までしか鞭打ってはならない、と決められていたことは事実である。
 しかし、この規則は遵守するよりは破る方が名誉と考えられたほどのものであったし、どんな意味にもせよこの規則に奴隷の保護なり、奴隷所有主の絶対権力の制限なりを読み取る人はよほどの詭弁家といわねばなるまい。
 植民地によっては、奴隷殺しは現地通貨で100ポンド、イギリスの通貨にして約57ポンドの罰金刑に処せられた。……しかし、それが何を意味していたかは、次に引用する部分だけからもあきらかである。
「……奴隷を殺した自由人を死罪に問うようなことは、この島(アンティグア)の社会体制や政体に合わないし、それはあたかも奴隷に白人への抵抗を奨励するような仕儀にもなろうからである。
奴隷殺害のかどで自由人が死罪に問われるなどということは、カリブ海のいかなる島においても、いまだかつて聞いたことがない。」

エリック=ウィリアムズ『同上書』 p.299-300

ギリシャやローマと比べても比較にならない程の差があったと言えるでしょう。
供給量の減少が背景にあると言え、ローマでは例えばコンスタンティヌス帝の勅令によれば「主人権を乱用し奴隷を殺した時は主人を殺人罪に問うべし」とされています。
法が形骸化し、虐げることを良しとする体制とはあまりにかけ離れているでしょう。
こうした苦境から逃れるためにも、奴隷は自殺・逃亡・反乱などの手段を取ったと言います。
自殺は強力な武器であり、集団で意識的に行うことで損害を与えたと言います。
逃亡奴隷の数はとても多く、逃亡した日数が長い者では脚を切り落とされた地域もあったと言います。
反乱も非常に頻発しました。奴隷貿易船の15隻のうち1隻ほどの割合で発生し、奴隷に乗っ取られた船、武装集団を形成した奴隷などもいたようです。


ギリシャ・ローマ・欧米各地にまつわる奴隷の事情をまとめてみました。
これらの時代・地域以外にも日本や中国、エジプトなど様々な地域でも奴隷はありました。これらについては是非調べてみてください。
ローマやその他欧州の例に見るように、いかに安く大量の利益を得るか、過酷な仕事を押し付けるか、その為にどうやって労働力を確保するかで人間は悪知恵を働かせてきました。
その結果がこうした奴隷制度ですが、それは人権思想が発展した今であっても雇用の問題などに現れています。法的には禁止されていても、事実上の奴隷という存在は未だ無くなってはいません。

これを覆してくれるのは、人工知能などの発展ではないかと僕自身は思います。
確かに現段階の技術では問題が山積みであり、また近い将来の話では、雇用を奪われるといった懸念も多いでしょう。ですが、ここでは創作の話、夢のある話を考えたいと思います。
仕事の大半は機械が行い、人間はその余暇で趣味に没頭する。そんなギリシャ都市国家の時代に回帰する時代が来るかもしれません。

参考文献

Wikipedia 様
 ・奴隷(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B4%E9%9A%B7
 ・農奴制(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E5%A5%B4%E5%88%B6
世界史の窓 様(https://www.y-history.net/appendix/appendix-list.html
 ・奴隷(ロ-マ)(https://www.y-history.net/appendix/wh0103-039.html
 ・奴隷/奴隷制度(古代ギリシア)(https://www.y-history.net/appendix/wh0102-042.html

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